東海道 その11/東京 目黒「とんかつ とんき」2020年1月9日~池波正太郎さんも通った老舗とんかつ店
「4時半か・・・。」これから本社へ行くと定時を過ぎる微妙な時間。会社に戻ってもどうせ食事をして残業だ。それなら今から夕食を食べ、それから会社へ戻ろう。前回名古屋「とんかつ マ・メゾン」で自分の感覚に迷いが出た私は、原点に戻るため東京駅の「黒かつ亭」へ行くつもりだった。しかし、この時間である・・・ふと、ある店の名が頭に浮かんだ。今からなら並ばずに入れるんじゃないか?
昨年秋のこと・・・
私がとんかつの食べ歩きブログを書いていることを知った同僚が情報をくれた。「目黒の「とんかつ とんき」へ行ってみて下さいね」
ググってみると取材記事が出てきた。なになに?とんかつ好きの間にその名を轟かす?・・・開店前から行列?・・・池波正太郎さんも愛した?・・・(※)
知らなかった・・・正直初耳で「とんき」と言えば広島の「とんかつ専門 とんき」しか思い浮かばなかったが、そことは全く関係ないようだ。一度行ってみようと思っていながら、行列ができるとのことで尻込みしていたが・・・この時間なら入れるだろう・・・よし、善は急げだ!(善?)
目黒駅で降りて歩くこと数分で「とんかつ とんき」の看板が目に入った。重厚な佇まいだ。さすがに並んでいる人はいない。
店に入ると、揚げ油の香りが充満している。
1階はカウンターのみで、30席ほど。2階に座敷があるようだ。カウンター内に10人ほどの人が立ち働き、活気に満ちている。
白髪のマスターが声をかけてきた。いや。マスターかどうかわからないが、マスター風なのでマスターと呼ぼう。「何を作りますか?」メニューも把握していないところにいきなりの質問で、私が顔を上げるとマスターが続けた。「ロースかヒレか、串カツか」
「ロースでお願いします。」「はいロース一つ」
カウンター後方の壁に沿って待ち合わせ用の椅子がある。壁上部のハンガーに上着を掛けて席が空くのを待つシステムだ。私が座ると、老夫婦が店に入ってきた。「ロースと串」慣れた口調でマスターに答え、待ち合わせの椅子に座った。常連のようだ。待つこと10分ほどでカウンターに案内された。
改めてみると、厨房はさながらステージの様だ。裏方まで丸見えで、誰が何をしているか丸わかりだ。
カウンターの上にソースと七味が置かれており、塩は無い。左手にとんかつをつまみにビールを飲んでいる人がいる。そういえば「ロースかヒレか串カツか?」と聞かれただけで定食かどうか聞かれていない。改めてメニューを探すとテーブルには無く、壁にかかったメニューがあるだけだ。やはり定食と単品がある。ちゃんと定食が出てくるかどうか心配になってきた。
普通とんかつ専門店は豚肉の産地・品種をはじめ、材料や調理法など何らかのこだわりがメニューや張り紙に書いてある場合が多い。しかしここは一切の説明は無く、壁のメニューがあるのみだ。
お客さん、ここを何処だと思ってんの?目黒の「とんかつ とんき」だよ。なんの説明がいるんだい?ということだろうか・・・
店内になんの情報もないので、とんかつを待つ間、以前見た取材記事(※)を読み直すことにした。改めて読むと色々と凄いことが書いてある。
1人前になるまでに10年と書いてあるが、私が以前見聞きした話では、日本料理の料亭の修業が、調理場の追廻しから始まり、焼く、揚げる、煮る、蒸す、そして生と5つの調理法を習得して板前になるまでが約10年だった。もちろん店によっても学ぶ人の能力によっても違いはあるだろうが、概ね10年ということだ。
するとこの目黒「とんかつ とんき」では日本料理の一通りの調理法を習得する時間をかけないと、とんかつという単品料理を習得できないということだ。ちょっと信じ難いが、それほどの技と秘伝が詰まっているということだろうか・・・
また、ソースの作り方は秘伝のレシピがあり、社長(とのれん分けをした人)しか作り方を知らないと書いてある。ナントカ神拳の一子相伝システムのようだ。
しかし、私はとんかつの味は肉の質で8割方決まってしまうと思っている。旨いとんかつは塩で食べても旨い。ソースの味にそこまで力を入れるなら、豚の品種や肉質にこだわるべきだと思うが、肉の説明は一切無い。
それとも、やはりそこは目黒「とんかつ とんき」なので言わなくても当たり前に最高の肉を使っているということだろうか?
そういえば「ロースかつ定食 2,100円」は結構いい値段である。同じぐらいの値段で黒豚を提供する店は珍しくない・・・やはりいい肉を使っているのか?とにかく食べてみなければ始まらないな・・・と思っているとやってきた。
仙台の名店「かつせい」の特ロースかつ と同じく、とんかつを横にもカットしている。「かつせい」のとんかつは、かなりの厚切りでボリュームがあったため、横にカットしてあることで食べ易かった。しかし、このとんかつはあまり大きくない。横にカットする必要あるのかな?切断面が多ければ、その分肉汁が逃げやすくなり、とんかつが冷めるのも早いと思うが・・・。
とんかつに何かついてる?と思い、匂いを嗅いでみるとソースだった。???ソースをこぼしたの?とんかつの上に?
まさか・・・と思ったが、後で先ほどの記事を見返したら書いてあった。揚げたてのとんかつにソースをチョンとつけると香りが立って食欲をそそられるのだそうだ。私にとっては不要な気遣いである。そのまま出してもらった方がいい。
それはそれとして、まずは断面チェックだ。通常の半分にカットされた一切れを横にしてみると、衣がはがれてしまった。隣の一切れもなんだか衣が浮いている・・・火はしっかり通っているが・・・
塩がないので、まずはそのまま一切れ食べてみる。肉は適度に柔らかいが、さほどジューシーという訳ではない。普通である。衣はサクッとしておらず、薄く、パリッとした感じだ。
衣の食感は面白いことに広島の「とんかつ専門 とんき」と似ている。名前も同じとんきだ。この目黒「とんかつ とんき」がのれん分けした店の名前の中には広島の店は無かった。しかしこの類似性は偶然とは思えない。やはり何か関係があるのだろうか?
とんかつに戻ろう。この薄く、パリっとした感じの衣が全く肉と馴染んでおらず、一切れつまむ度に衣が剥がれる。剥がれた衣を箸で肉に寄せ、衣で肉を挟みこみ、ばらばらにならないよう気遣いながら食べる。食べづらいことこの上ない。
衣の食感が似ていると思った広島の「とんかつ専門 とんき」でも、少し衣が浮いていたが普通に食べることができた。これほど食べにくいのは横にカットしてあるからだ。何故こういう切り方をするのだろうか?
そして、やはり肉の臭みを感じる。前回の名古屋の「とんかつ マ・メゾン」で感じたのと同質の匂いである。私が敏感になりすぎているのか、それとも肉質によってはこの匂いを感じないのか、今の私には判断がつかない・・・。
豚汁は脂身の多いぶつ切り肉が入っており、がっつりと旨かった。しかし、とんかつとしては・・・
もちろんまずいとは思わないし、ふらりと入った街のとんかつ屋さんで出てきたとんかつだとすれば、それなりにおいしいと感じる筈だ。池波正太郎さんが通ったという事だけでは人気店にはならないと思う。
しかし、東京にとんかつの名店が数ある中で、私は今後もここに足を運ぼうという魅力を感じることができなかった。コスパ的にも、ロースかつ定食2,100円は他の名店と比べて特に安い訳でもない。
レジを済ませながら考えてしまった。池波正太郎さんの時代と今では、洋食をとりまく環境は大きく変わっている。特にとんかつはファーストフード並みのチェーン店から高級店まで幾多の店が創意工夫を重ねながらしのぎを削っている(・・・と思う)。その中で、この「とんかつ とんき」が昔ながらの伝統を守ることにどれほどの意味があるのだろう・・・
次回こそ、原点の東京駅「黒かつ亭」で味覚の確認をしよう!と思ったが、よく考えたら次の出張は大阪である。まだまだ迷走は続くのか・・・
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※出典: 「1人前まで10年間。目黒の老舗「とんかつ とんき」はなぜ下積み修行の伝統を守るのか」三原明日香氏
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